記憶について:若干、頭の中の消しゴム気味


今週考えていたことなんです。


記憶は連続していると思いますか?


忘れてしまうことや忘れ去られてしまうことってあると思います。
そうすると、記憶から消えてしまいますから、連続しているとは限りません。
でも、何かに記録として残したり、何かの事柄をきっかけに突然思い出したり。


ただ、深層心理の中で消したい記憶が、無意識の中で自ら記憶を消してしまうことは、とても頻繁に起こります。
本人には意識はないのに、記憶から消えてしまうのですよ。


なんで、こんな話をしたのかというと、歴史は記憶で構成されているのかということです。
それに、物語として脚色もされています。
ですが、そうではない本当の歴史を作ろうとする人たちは、この記憶をもう一度、再構成する必要があるというのです。


難しいことはよくわかりません。
でも、自分が消したかった記憶をもう一度掘り起こされるのって、どうなのでしょうか。
そんなことされたら、辛くないのかなって。
だけど、真実は必要ですよね。
じゃあ、「真実」ってなんだろうって。
(自分は身体化などではなくて、理想なのだと思っています。そういう意味では岡真理氏が述べる「リアル」に近いかとも思います)


それに、世界で起こっている様々な差別には、他者を認識する想像力が必要だと言われています。
相手の気持ちにどれだけ近づけるのかという想像力は必要です。
ロールプレイという方法で、他者理解をしたりします。
でも、人はどれだけ想像できるのでしょうか?
これは、想像には限界があるということをいいたいのではありません。
絶え間ない想像に一人の人間がどれだけ耐えられるのだろうかということです。


色々なことを考えるのは大事なことだと思いますが、考えることばかりすると、
際限なく頭の中に色々な思考が入ってくるのです。
そんな土石流のような思考を24時間、365日続けるのですよ。。。
狂ってこないのでしょうか?
そんなことを考えてしまいました。


哲学は、社会の限界については言及しても、個人の裁量については無限大のような設定をしているのではいのかと、そんなことを思ってしまうことがあります。
もちろん、そんなことはないのですけれど(笑)
それに、こんなことを言っていたら、何にも始まらないのですけどね。
なんとなくのお話でした。


忘れないうちに、書いておきました。
自分の記憶。



記憶/物語
岡 真理 / 岩波書店
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by harry_hk | 2005-12-02 20:32 | BOOK